つたをたつ

ゲームや映像媒体等娯楽についてのブログ。たまにエッセイも。

アブラムシのサーカス

自分が小学校低学年の頃の話なので、ずいぶん昔の話になる。

 

当時幼稚園児だった弟の運動会の日。家族として付き添って会場となる市民公園に向かったものの、幼稚園児の運動会は小学生が静かに見守るにはあまりにも退屈なものだったので、公園に居た同年代の子どもたちと公園の端で鬼ごっこをして遊んでいた。

 

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そんな中、ベンチに座りつつ座面の一点を静かに見つめている男を見つけた。20代位で、短髪で、細身で、どこか疲れているような顔をしていた。小学生の好奇心の旺盛さと知らない人間に対する不用心さというのは今では理解できないもので、鬼ごっこに退屈し始めていた自分たちはその男性に何をしているのかと無邪気に訪ねた。

 

すると男は見つめていた場所を指差しながら

 

「こいつな、芸できるんだわ」

 

と静かに教えてくれた。小さなアブラムシがいた。

 

その場にいた小学生は皆何を言っているのか分からなかったに違いないが、不思議と誰も疑問の声を挙げず、静かに男の次の一言を待ち続けた。男はおもむろに手に持っていたコーヒー牛乳のパックからストローを引き抜き、アブラムシに垂らす。

 

アブラムシは、静かに、静かに足を宙に持ち上げ、逆立ちをした。

 

これには自分たち全員、素直に驚き歓声をあげた事を記憶している。その時の男の満足げな笑顔もよく覚えている。

 

 

 

ここまでのエピソードは書き起こしていて大分変わったものだと思ったが、それでもつい最近まで忘れていた。

 

というのも、ここ数日、ベランダで育てられる野菜について調べていたところ、偶然「葉の裏に密集するアブラムシ」の画像を開く瞬間までこのエピソードを思い出す事はあの日以来一度もなかった。ああアブラムシといえば、なんて急に記憶が戻ったようだった。

 

一人暮らしを始めてそこそこ経ったが、未だにアブラムシを日常で見かけたことは一度もない。それこそ、野菜でも育てなければこのままアブラムシに二度と会わないまま何十年も過ごしそうだ。そんなことを考えているうちに、あの日の男が無性に気になり、

 

アブラムシ 逆立ち [検索]

 

なんて調べてみたら、これが明快な話、アブラムシは元来草の汁を吸うときに逆立ちのような姿勢を取るらしい。アブラムシにとってコーヒー牛乳が栄養になるのかどうか、はっきりとは言えないが、彼らに逆立ちをさせるのはそれほど難しくはなさそうだ。

 

 

 

さて、ここまでタネが分かったところで自分でも試してみようなんて気は全く起こらない。

 

あの男はどういう気分で、晴れた日曜日の、公園の端のベンチに、(少なくとも自分にとっては)あまり身近でないアブラムシ一匹とやってきて、芸を試していたのだろう。なぜ試そうと思ったのだろう。男の優しそうな笑顔や、生気の弱い佇まい、動機の分からない一芸が絶妙に噛み合わず、この記憶が自分の中でモヤを帯びているような感じがする。

 

この記憶の不可解さがなんとなく「サーカス」といった感じだ。明るいサーカスではなく、都市伝説と共に語られる時の方の「サーカス」。

 

もし自分に子供ができたら、きっと一度は夏休みの自由研究にアブラムシのサーカスを提案するだろうな。はっきりと身内の証人を立てた上でもう一度アブラムシの逆立ちを見て、記憶のモヤを払いたい。